無料ブログはココログ

トップページ | 2005年10月 »

2005年9月

2005年9月28日 (水)

黄金と朱色の競演

 なかなか咲かないと思っていた彼岸花がいつの間にか咲いていた。たまたま埼玉の田圃に面した国道を走っていたら所々に赤い花が咲いていることに気づいた。早いもので9月も終わりである。彼岸花そのものは何となく不気味な形をしているが、稲穂とのコントラストが非常に綺麗だ。今週末までもつだろうか。週末の天気が良ければ、写真に残しておきたい。

2005年9月25日 (日)

会津へ

 会津地方を訪れた。会津のイベント月間?の締めくくりとしてレトロ列車が走るためだった。単なる電車なら興味はないのだが、SL+旧型客車とあったので、カメラ片手に訪れた。寝坊したこともあり、着いたのはSLが丁度郡山を出発する頃になってしまった。慌てて撮影場所を選んだ。どこも鉄道ファンでいっぱいだった。彼らの顔は皆やる気満々と見えた。ものすごい熱気すら感じる。取りあえず、鉄道ファンが多い中山峠で撮影した。峠だけのことはあり、SLは力強く黒い煙を吐きながら峠を登ってくる。今日はこれを見ただけで満足だった。SLを見た後、会津の町を散策しようと思っていたが、睡魔におそわれそのまま熟睡。気が付けばSLの会津若松出発時間間際だった。今思えば、会津まで昼寝をしに行ったようなものだった。こんな昼寝ももたまにはよいかもしれない。
 残念なことは台風が来ていて天気が悪かったことだった。しかし、その台風も日本列島をかすめるように過ぎていったようだ。鉄道ファンの熱気に押されたのかもしれない。

2005年9月20日 (火)

美ヶ原

 美ヶ原高原。果たしてどんなところなのだろうか。美ヶ原と聞いて思い浮かぶのは某テレビ局の天気予報?の画面だ。最近は流れているか分からないが、知っている方は、「あ〜、あの局ね」とうなずくはずである。時間の関係で高原を歩くことはできなかったが、辺り一面草原であった。そして所々に放し飼いになっている牛の群がいる。このようなところに来たらお決まりのソフトクリームしかないだろう。ソフトクリームとイチゴジュース、そしてチーズケーキを買った。チーズケーキは美味しかった。値段だけのことはあるが、私の想像を大きく上回るおいしさだった。美ヶ原高原へ訪れた際は是非ともご賞味することをお勧めする。
 次回は、時間があるときにゆっくりと訪れたい。utsukushi1

松本城と開智学校

 久々に松本城を訪れた。久々と書いているが、今までは車窓から眺めただけだった。赤い橋と黒いお城が印象的な松本城であるが、中はどうなっているのだろうか。早速入場料を払って入城。昼前と言うこともあり観光客でごった返していた。連休だけのことはあり、どこの観光地も人・人・人である。城内は展示物があるものの歴史にあまり興味のない私にはどうでもよいことである。気になっていたのは鉄砲の筒の部分。螺旋状の溝が切ってあるのかと言うことだった。ガラスケースに入っているのでよく見えなかったが、さすがに溝は入っていないようだった。さて、天守閣まで行ったが、急な階段が売りらしい(「売り」という表現は不適切?)。確かに急だった。お年を召した方もいたが、相当苦労したことだろう。天守閣からの風景であるが、山間には厚い雲がたれ込めていたため、松本の町を見下ろすにとどまった。残念。昔は、眼下にちょいと身分の低い方々の家々が並んでいたことだろうが、今となってはお城より高いビルも目立つ。少しだけ窮屈な感じを受けた。
 続いて・・・松本城から5分ほど歩いたところにある開智学校。こちらも久々に訪れた。校舎内には昔の机と椅子が並んでいたりと当たり前ながら学校であった。この小さな木の机と木の椅子、自分が小学生の時もそうだった。懐かしい。今の子達はもう少しかっこよい机になっているのだろう。時代が変われば使うものも変わる。そして人の心、考え方も変わるのだろう。人間の本質だけは変わらないことを祈る。
matsumoto1

飛騨高山

 飛騨古川に続き、飛騨高山を訪れた。古川、神岡を回った後なので、着いたのは夕方も日が暮れる直前。以前訪れたときは夜だったので、人影がなかったが、さすがに大勢の観光客でごった返していた。落ち着いた古川に対し、観光の高山と言ったところか。古川と比べお店が多くいろいろな買い物を楽しみながら町を散策することができる。ほんの一角だけだが、古い町並みは保存されておりそれなりに楽しめた。
 さて、高山を訪れた目的は、お気に入りの「さるぼぼ」を購入することだった。町をぶらぶらしていると7時近くなり、お店がばたばた(←音はしていない)とものすごい勢いで閉まり始めた。時間に正確なようで、あっという間に真っ暗になってしまった。慌てて開いている店に飛び込み「さるぼぼ」を探した(←お気に入りの「さるぼぼ」の意味)。やっと見つけた。15センチくらいの小柄な「さるぼぼ」。探し続けていただけに大満足だった。
 「さるぼぼ」を買ってから10分も経っていないが、駐車場を出た頃にはすべての店が閉まっていたようだ。

神岡

 小柴先生がノーベル賞を受賞したのはいつだったろうか。その時話題となったスーパーカミオカンデと言えば神岡鉱山。どんなところか行ってみたくなった。早速車を走らせた。思ったよりも小さいひっそりとした町である。世の中のごたごたとは無縁と言わんばかりに山間にひっそりとある町だった。鉱業が盛んらしく山の傾斜に工場の建物がへばりついていた。ここは亜鉛の産地らしい。私が知っている亜鉛の産地には安中(群馬)があるが、見かけ上の規模はこちらの方が少し小さいようだ。しかし、こちらの方が人々の暮らしと密着しているような感じがする。神岡鉄道がいつ来るかと思って楽しみにしていたが、残念ながら出会うことはなかった。帰宅して列車時刻を調べたが、なるほどこれでは列車を見ることはできなかった。
 カミオカンデを探していたが、結局見つからなかった。町の案内所?に行ったら、小柴先生を始め著名な方々のメッセージとサインが飾られていた。学生時代に小柴先生の授業を受けたことを思い出す。
 非常に短時間だったが、なかなか雰囲気のある良い町であった。

飛騨古川

 白川郷を後に飛騨古川を目指した。以前、早朝妻籠を散歩していたときに同じく散歩をしていた方から高山よりも古川の方が良いと聞いていた。その時、丁度NHK連続ドラマ小説で「さくら」と言うのをやっていた。その方面に疎い私はてっきり舞台は高山と思っていたのだが、その方に聞くと古川だとか。丁度、妻籠を訪れた2日前に夜の高山を訪れていた。あそこじゃなかったのか・・・そう思って数年、こちらも念願叶い訪問することができた。
 町自体は高山と比べひっそりとしている。確かにこちらの方が趣があるようだ。「さくら」で使われたろうそく屋さんは観光客でいっぱいだった。確かにこのような光景を目にしたような。当然の如く店先には当時の出演者の写真が飾ってあった。この町並みほどではないが、自分なりに数年前にタイムスリップした。2時間ほどぶらぶらしたが、落ち着いた町並みに飽きることはなかった。
 思えば今日も食べ物をあまり口にしていない。飛騨牛と芋をつかったコロッケを売っていた。まずまずの食感に満足。
 さるぼぼを買おうと思っていたのだが、お店が意外と少なかった。いくつか見て回ったが、自分の欲しいものがなく購入を断念。

白川郷(とうとう来た編)

 朝6時過ぎに起き、目が覚めるのを待って白川郷入り。この時間だと観光客はいないが、住民の方々に迷惑がかからないようにしなくては・・・。朝陽は山の陰に隠れていてなかなか合掌造りの家々に当たらない。でも何となく静なで落ち着いた集落をぶらぶら歩くのが何とも心地よい。空気もひんやりとしており、秋を感じさせる。1時間程歩いた後、展望台に行った。ここがよくポスターで見るところだった。思ったよりも狭く、観光客でごった返す時間にはせわしなくなるのだろう。
 さて、肝心の合掌造りだが、昨日も見ているためか感動が少し薄。ただ、規模は一番大きく、散策するにはもってこいだった。多くが民宿となっているようで、宿泊客がぽちぽちとでてくる。こんなところに一泊するのも良いかもしれない。秋桜が風に揺れ、稲穂も風に揺れ、そしてススキも風に揺れた。気温が上がるにつれ観光客が増え始めた。そろそろここを離れよう。gassyo211

合掌造り(やっと着いた編)

 3連休を利用して五箇山、白川郷と合掌造りの家々を見てきた。世界遺産になったこともあり、兼ねてから訪れてみたかった「行ってみたい病」が一気に高まっていたのだ。しかし、なかなか行く機会もなく気持ちをだましだまし現在に至った。やっと念願叶い訪れることになった。
 目的は白川郷と決まっていても目的地にまっすぐ行かないところが旅の良いところなのだ。長野の大糸線沿いを日本海へとひたすら走る。途中、大糸線の赤いDCを見ることができた。この大糸線、数年前に青春18切符で糸魚川から乗った思い出がある。あのころは夏だった。糸魚川には煉瓦造りの機関庫?があり、いかにも遠くに来た印象を持たせる。のんびりと走る列車からは河や山が見え、駅に停車中にはディーゼルエンジンの音にまけないくらい蝉が鳴いていた。なつかし〜い。今回は初秋、稲穂も頭を垂れている。赤いDCに追いつけ追い越せで日本海まで楽しく時間が流れた。
 日本海沿岸を走っていると親不知の文字が。そんな観光地もあったかとちょっとだけ寄り道した。サービスエリアのようなところであった。お土産屋がったので、どんなものがあるかちょいと中に。これが失敗だった。表にも大きな亀の彫刻?が置いてあるのだが、店の中にも亀が並んでいた。その1匹と目が合ってしまったのだ。「買ってくれ〜っ!」っと訴えられているようであり、ついつい購入してしまった。この地域は水晶が有名らしい。お店の人の話では、日本の水晶は堅いため加工が難しいらしい。並んでいるお土産で細かに加工してあるものは輸入物らしい。私は水晶の亀の置物を買ったと言いたいところだが、人工の石でできたものを買った。人工だけに何とも良い色合いだった。
 もたもたしていては合掌造りの家を今日中に見ることはできない。急いで(勿論、安全運転)で五箇山を目指す。ところがどっこい、またしても私の心を動かすものが現れた。道路沿いに「タラ汁」の文字がそこら中にでてくるのだ。そう言えば、朝から何も口にしていない。昼食も食べないと・・・・道の駅のようなところでタラ汁なるものを食べることにした。興味津々だったが、魚が一匹入ったみそ汁と思っていただければよい。空腹も手伝い、思った以上に美味しかった。
 寄り道をしながらも富山に到着。いよいよ海を離れ山へ突入する。2時間ほど走ったろうか、五箇山に到着。途中何もなく左手にダムを見ながらの走行だった。この地域には相倉、菅沼の2つの合掌集落がある。そう、合掌造りの世界遺産はこの2つと白川郷合わせて3つで一つのようだ。はじめて見る合掌村思った以上に趣があるが、観光客が多すぎる。そう言う自分も観光客なのだが。菅沼集落を訪れたときは日が山に隠れ始めていた。集落に灯火がともり始める。明日は白川郷だ。今日中に移動して置かなくては・・・そう言えばタラ汁以外何も口にしていない。お腹もすいた。どこかにコンビニくらいはあるだろう。これが甘かった。白川郷近所でやっと食事をすることができた。今日は早く寝て、明日は早朝から白川郷を歩きたい。そろそろ寝ることにする。
kame1

2005年9月11日 (日)

ちょいと足尾まで

 ちょいと足尾まで出かけてきた。足尾はお気に入りの場所で、たまに出かける。夏でもなく、秋でもないこの時期は特にすることもなく、ボーッとしていることが多かった。これではまずい!そう思っていた。今週末は運良く一応晴れている。一応と書いたのは、晴れているようだが、曇っているようでもある。はっきりしない天気だからだ。きっと足尾のような山沿いは雨に違いない。そう思っていた。
 足尾に着くと何となく雨が降りそうだったが、時折晴れ間も見ることができた。無事に2時間ほどの散歩を完了した。久々の足尾であったが、既に10回以上訪れているので、あまり真新しいことはない。しかし、精錬所は訪れるたびに朽ち果てており、通常の建物よりも老いていく姿が数倍速いようだ。一方、間籐より奥と比べ、通洞近辺は長屋が取り壊され、すっかり綺麗な姿に生まれ変わりつつある。この辺は病院や会社がいくつかあるので、住民がいなくなることはないだろう。銅山観光の駐車場で一休みすると銅山観光から出てきたと思われる人がぞろぞろと。自分も過去に2回ほど入ったことがあるが、ちょっと期待はずれなところがある。期待はずれとは・・・・コースが短いと言うことだ。足尾の歴史を考えれば、もっと長いコースでもよいはず。期待はずれ何になぜ2回も入ったか?1回は興味本位、2回目は友達と訪れたときに入った。
 季節柄かあまり歩いている人を見かけなかった。紅葉のシーズンになるともう少し観光客が増えることと思うが、もう少し観光に力を入れた方がよいように思える。不幸にも日本の歴史に名を刻んだ足尾銅山。悲惨な歴史を繰り返さないためにも。
 銅山観光であるが、上記は私の感想である。もし足尾を訪れる機会があるのであれば、1度入場してみるのもよいだろう。是非とも自分の目で判断してみて欲しい。それと出口(駐車場)のあたりに簡単な歴史を紹介するコーナーがある。ちょっとわかりにくいが、そこにも行って欲しい。これらと精錬所をセットで見ると何となく全体像が見えることだろう。

2005年9月 7日 (水)

いよいよはじまります

とうとうブログなるものを始めました。どの程度続くか分かりませんが、ちょくちょく書き加えていきたいと思います。

トップページ | 2005年10月 »

最近のトラックバック

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30