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2021年1月

2021年1月31日 (日)

乙女峠の富士山

寒波と雨でやっと冬の富士山らしい装いをしてくれた。

天気が良かったので、ドライブがてらに富士山を見に行ってきた。

元箱根で見て帰宅を考えていたが、夕方になっても雲がどかず。

せっかくなので、乙女峠から富士山を見て帰宅することに。

こちらから眺める富士山は久々だ。

乙女の鐘なるものもできていることを知った。

ユーチューバーと言って良いのかわからないが、3人組みの方が、リアルタイムで発信しているとのこと。

騒がしくて申し訳ないと話しかけてきてくれた。

この手の分野はよく知らないが、一人の方はこの道の方にとっては有名な方とのことだ。

ぶらぶらしていると色々な方から話しかけられることがあるが、ずいぶん若い方から話しかけられ、しかも違う分野の話をできたことはよかった。

一人の方はiPhone12Pro(?)を使用していたが、なかなかの写り。

ただ、静止画についてはこちらの方が少し知識があったようで、●●してみると良い、と話すと早速チャレンジされ、喜んでくれた。

生配信は、次から次へとコメントが届き、他人がやっているといえ、なんとなく嬉しくもあり、一体感もありだった。

一時期、最近の若い人は、退職届などもメールで・・・なんてニュースを見たことがあるが、このようなやりとりを見ていると、これら情報ツールを使って人間関係を築いている彼らにとっては、自然なことのようにも思えた。

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2021年1月27日 (水)

曇の合間からの夕焼け

少し厚い雲が垂れ込める中、その雲の切れ間から夕日が差し込む。

ほぼ陽は沈もうとしている中で、一瞬雲の切れ間から顔を出したお日様の光が眩しくもあった。

空を見上げるとトビが多数舞っていた。

何かを狙っているのか、それとも陽が沈む前に寝床に帰ろうとしているのか。

 

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2021年1月20日 (水)

冬の夕日は優しい

夏の夕陽は力強く、冬の夕日は優しい。

生憎の曇りだが、雲の切れ間から夕日が顔を出した。

コロナが早く落ち着いてくれれば良いのだが・・・。

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2021年1月18日 (月)

ごっくんできず

鳥の名前をよく知らないが、カワウで良いのだと思う。

どうやら大物をゲットしたらしいが、なかなかお腹におさまる気配がない。

もたもたしているうちに、周りにいた他の鵜からも獲物を狙われているようだ。

横取りを避けながらのゴックンができたのは、しばらくしてからのことだ。

こんな大きな魚を飲み込んで窒息しないものか心配だが、すました顔をしていた。

※米粒くらいにしか写っていない画像からのトリミング。雰囲気だけ楽しんでください。

 

 

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2021年1月16日 (土)

江ノ島と富士山

やっぱ、今年の冬の富士山は、積雪量が少ないようだ。

日中の富士山は、冬の富士山ぽくなく、だいぶ寂しいものになっている。

雲が多かったものの、富士山と江ノ島をいつものフィッシュアイで撮影してみた。

フィッシュアイの歪みを使うか、なるべく目立たなくするか、悩んだ挙げ句、後者を選択した。

それにしてもコロナが収束する気配はなくだ。

せめて、桜の季節には多少おさまってもらいたい。

流石に2年、桜を我慢するのは辛いものがある。

 

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2021年1月14日 (木)

行先表示板

先日、大垣行きの話を少しばかりした。

時間があるので、古い写真を整理していたら、それっぽいのが出てきた。

今でこそ、字幕も減りLED表示になっているが、昔はこん感じで、行先表示板を使用していた。

単純に折り返す列車は、このままでも良いのだが、行先等が変更なる列車は、毎回駅員が差し替えることになる。

ホーム側ならまだしも、ホームと反対側はさぞ大変だったことだろう。

ドアを開けたり、窓を開けたりして交換していたような記憶がある。

モノクロといえど1コマ1コマが無駄にできない時代、こんなものよく撮影していたものだ。

モノクロは、カラーフィルムが買えない時や遠出をした時に記録をしたいときに使用していたと思われ、これも旅の思い出の一コマとして残すために撮影したものと思われる。

つまらぬ写真だが、こんなものも今思うと良い思い出だ。

子供の頃は、東京駅、上野駅へ行く事すら遠出、大垣なんて大冒険に近かかった。

特に大垣行きのような、夜行かつ長距離、長時間に列車に揺られることで、その思いは増大していったに違いない。

こんな気持ちがシャッターを押させたのかもしれない。

※一番上と一番下の写真は、行先表示板(サボ)。「東京〜大垣」が懐かしく、このような表示の方が距離感が伝わる。

※真ん中の写真は、列車が所属している電車区の名前。電車の脇や、機関車の札で示されている。「名カキ」は名古屋鉄道管理局の大垣の略。これを見るとどこの車両、どこへ行ったか、なんとなくわかるので、遠出をした証として記録したのだと思う。

 

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2021年1月13日 (水)

ダイヤ改正

ほぼ年に1回ダイヤ改正がされる。

時として、秋にもやったりとするが、それなりの大きな改正は3月中旬が最近のようだ。

ダイヤ改正があると、効率化が進むようで、鈍行列車旅にはつらいものがある。

その例が、「ムーンライトながら」をはじめとする夜行普通列車だろう。

「ムーンライトながら」も今でこそスマートだが、以前は、「大垣行き」「東京行き」(340M、341M)であり、指定席ではなかったので、夕方の明るいうちからホームに新聞紙を敷いて、席取りをしたものだった。

今よりも東京駅ホームは多かった(今は新幹線のホームになっている)が、行き交うサラリーマン他乗客には相当邪魔だったに違いない。

当然、23時頃の東京発の列車には、ほろ酔い気分のサラリーマンも乗車するため、それは大変なことになるのだった。

そして、残念にも席に座れない場合は、その新聞を床に敷き、床が寝床となるのだった。

モーターの音、レールの継ぎ目の音が、子守歌のようになっていたかは分からないが、インバーター、ロングレールとなった今とは違ったリズムを奏でていたに違いない。

それでも、眠い目をこすりながら、朝日の差した大垣駅のホームに降りると、随分遠くに来たものだと思ったものだった。

この「大垣行き」、当時は、大垣電車区(?)の急行用の電車を使用していた。

これが東京に着くと急行「東海(?)」になって静岡方面に下るのだった。

その後、急行が廃止され、特急列車のみとなると、特急車両が使われた。

急行「伊豆」、特急「あまぎ」が、今の「踊り子」になったのだが、踊り子を模したヘッドマークと白い車体に斜めの緑色のストライプの車両は、当時の国鉄の車両とは少し違った装いであり、新鮮だった。

学校の休み時間にグラウンドで遊んでいるときに、試運転の白い車両がグラウンド脇を颯爽と走り抜けた車両がそれだった。

その列車もとうとうその役目を終えることになる。

人生をほぼ一緒に歩んできた車両だけに少しばかり寂しさを感じる。

写真は、三島駅入線の一コマ。

修善寺行きは、伊豆箱根鉄道駿豆線に入線することになるが、カーブがきついのか、ホームの一部をゆがめている。

そんな光景を撮影したく、途中下車して「踊り子」を撮影してみたのが1年前。

とうとうそのときが来たようだ。

国鉄最後の電車(?)も残すところあと2ヶ月あまり。

無事に最後まで仕事をこなしてもらいたい。

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2021年1月11日 (月)

富士山と雪

その年の気象状況にもよるのだと思うが、今年の(も)富士山の積雪は少ないように感じる。

子供の頃描いていた富士山といえば、ざっくり台形を描いて、頂に雪を纏ったものだった。

この数日、気温が低かったこともあって、綺麗に富士山を見ることができたが、雪はほぼなし。

冬の富士山としては、ちょっと寂しくもあったりと。

昨年の話になるが、夜から朝にかけて雨の予報、しかも午後からは晴れの予報の日があった。

夜に雨が降るということは、きっと頂には雪が降るはずであり、富士山らしい富士山になるのでは・・・と思い出撃。

現地近くに到着するも雨がパラパラと降っており、本当に晴れるのかは疑わしかったが、そんな不安も時が経つにつれなくなった。

時折の雲の切れ間から富士山が顔を出したときに、白くなっているのが見えた。

笠雲のような雲がいつまでも残っていたが、時が経つにつれ徐々になくなり、やっと、全容を見せてくれた。

時はすでに夕暮れ。

白くなった頂に赤い陽が当たり、顔を赤らめていく富士山。

富士山が眠りにつくことを見届けて、帰路についた。

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2021年1月10日 (日)

箱根登山鉄道と三線軌条

緊急事態宣言中で、少しばかり遠出を自粛している。

緊急事態宣言だから・・・というよりは、寒いから・・・が正直なところだ。

コロナのみならず、風邪など余計な病気にかからぬよう注意している。

昨年秋には、台風被害から復旧した登山電車に久々に乗った。

小田原から湯本まで赤い小田急の車両のみで運行されているが、以前は山登り電車が小田原まで来ていた。

箱根登山電車に小田急が乗り入れていたため、ロマンスカー以外にも、小田急線の一般車両が湯本まで走っていた。

今思えば、小田急も長編成はあまりなかったように思える。

相模大野で、小田原線と江ノ島線で分割したりと、今よりはある意味面白かった。

そんな、相模大野の駅も、そして駅周辺もすっかり様変わりしている。

話を元に戻すと、小田原で乗車後、早々に運転席後ろに陣取り、小田原からの線路を眺めていたら、三線軌条の痕跡が未だに枕木に残っていたことにちょっと嬉しく思ったりもした。

枕木は、線路こそついていないものの左側にもう一本線路がつけられるようになっており、ちょっとアンバランス。

こんな光景を楽しみながら電車に揺られていた。

湯本からは80‰の急な上りに入るが、登山電車はひるむことなく、急な上りを登っていった。

※写真:小田原での一コマ。登山電車の後ろには小田原城。

 

 

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2021年1月 1日 (金)

新年明けましておめでとうございます

新年明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

 

旧年はコロナに始まりコロナに終わる一年でした。

今年もしばらくはコロナに振り回される日々が続きそうです。

一人ひとりの心がけで、皆が幸せになれればと思っています。

早く皆が楽しく過ごせる日々が来ると良いですね。😃

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